大人の日本人に届けたい

この度、日本に息づく心配り~Le point de vue de Les Miseraを開設し、“日本人ならではの心配り”に焦点を合わせた活動を始動することにしました。

ドメインも新たにkokoro-kubari.com を取得照れ

Messageページに、立ち上げに際しての想いを記しておりますので、お時間が許しましたら、是非ともお立ち寄りくださいませ。

 

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さて、このブログは日本に息づく心配り~Le point de vue de Les Miseraの第1投稿目となりますので、補足として、私の視点をもう少し記したいと思います。

 

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-日本文化を伝える仕事をしている

-お箸講師をしている

 

僭越ながらもそう申し上げると、多くの方の脳裏に浮かぶ対象受講者は“子供”や“外国人”になるようです。

子供の頃に触れることも大切ですよね。

そして、2020年には東京オリンピックもございますから、年々増加する外国からのお客様へ向けて日本をご紹介していくことも、伝道の観点からは当然大切な側面でしょう。

 

ただ私には、それよりも大切にしたいことがあります。

それは「大日本人を主な対象者とすること。

これは、「にほん人としての所作~miseraマナー講座~」時代からずっと変わっていないことのひとつです。

 

子供や外国の方が参加できる日本文化講座や、日本文化に触れる機会は沢山あるように思います。

例えば、課外授業で。トラベルツアーで。

周りもそれを学ばせようとしますし、本人にも学ぼう、触れようとする意識があるからです。

 

では、社会に出て数年経った日本人の大人はどうでしょう。

グローバル化の波に染まり、スピーディーな世の中を生き抜くため、効率を優先し、本来持っている、そして学んできた日本の精神文化という宝を忘れてしまってはいないでしょうか。

 

例えば・・・

簡潔に用件だけを伝えるビジネスメールに染まり、お相手を想う言葉や、季節を届ける言葉を添えるなど、心の交流をしなくなってはいないでしょうか。

 

例えば・・・

大皿料理や一品料理の手軽さに満足し、一汁三菜をいただくことによりバランス感覚や精神、気配りなど、多くを学び、磨くことを怠ってはいないでしょうか。

 

例えば・・・

テレビを見ながらの食事に、食卓が単なる腹満たしとなり、命や神、そしてご縁に感謝をしながらいただくことを忘れてはいないでしょうか。

 

例えば・・・

ぞんざいな言葉遣いに、正しい日本語がわからなくなってはいないでしょうか。

 

例えば・・・

他を想う心配りができなくなってはいないでしょうか。

 

 

つい十数年前まてまは、人がごった返した渋谷のスクランブル交差点を歩いても、日本人は誰ともぶつからずに歩けました。

すれ違う時には、お相手を想い、双方のあ・うんの呼吸で、片方の肩を引いてよけることを、日本人は当然のこととしてやっていたのです。

このことは外国から賞賛されましたが、当時は「なんでそんな当たり前のことで、そこまで賞賛されるの!?!?」と驚いたものです。

 

でも今はどうでしょう。

 

スマホを片手に自分中心に歩き、ぶつかったとしても、謝ることも、ほんの少し頭を下げることもできない日本人で溢れています。

 

家で、街角で、食事処で、交通機関で、テレビで、パーティーで・・・

大人の日本人の所作は、子供にも、外国の方にも見られています。

子供は大人を真似しますし、大人には子供に教え伝える義務もあるのに。

 

そしてもうひとつ、私が大人にこだわる理由があります。

それは、には、精神文化を理解できる能力や感覚が備わっているはずだから。

 

“何気なく”ではなく、本当の意味で、歴史や精神文化を踏まえ、頭と心で理解できるのは、やはり大人になった日本人だと思うのです。

 

だからこそ私は、日本人に、今一度

“日本人”であることを見直す機会をお持ちいただきたい。

“日本人たるもの”を思い出し、再び身につけてもらいたい。

日本人の心配りが詰まった“(精神)文化を誇りにして欲しい。

 

 

この想いが一人でも多くの方へ届くことを願い、活動して参る所存です。

どうか応援いただけましたら幸いに存じます。