「礼」しましたか?

本日もお疲れさまでございます。
日本の精神文化についてお話を致しております、「日本に息づく心配り〜Les point de vue de Les Misera〜」の浅海です。
 
今朝テレビをつけておりましたら、今中国で3000万回ビックリマークを超える再生回数を誇っている動画があるというニュースを目にしました。
その動画は、横断歩道手前で止まった車内から撮られたもので、横断歩道を渡るお爺さんが、止まってくれた車に対して帽子を取り、深々とお辞儀をしたという動画でした。

 

この“お辞儀動画”の影響で、歩行者が年配者や子供の場合には止まったり手助けしようと思うという人が増え、中国における大人のマナー意識の向上にも繋がっていると称賛されているそうです。

 

さて…。では日本ではどうでしょう

 

ー日本も見習うべき!?
ー日本にはそもそも“歩行者優先”の原則があるから関係ない!?

 

どちらもピントがずれています。

 

日本には元来「礼(お辞儀)で気持ちや関係性を表現する」という文化があります。

 

角度、目線、表情、スピード、タイミングなど、様々な要素を持って「礼」という表現を行うことにより、意思疎通、そしてコミュニケーションを図るのです。

 

車と歩行者の関係においても同様です。
日本には“歩行者優先”の原則はありますが、それはそれとして、信号のない道で車と歩行者が居合わせれば、互いの目を合わせ、譲り合いをし、譲ってもらった方は会釈をし、受けた方も返す、それが日本におけるコミュニケーション文化なのです。

 

“ありがとう”も、“ごめんなさい”も、“恐れ入ります”も、“すみません”も、“失礼します”も、“こんにちは”も、“さようなら”も、“嬉しいです”も、“感謝します”も…その他にも、度合いを含んだ沢山の表現ができる、それが日本の「礼」です。

 

そして日本の「礼」(礼に限りませんが)は、お相手が年配者だからすべきとか、年下だからしなくて良いというものではありません。

「礼」そのものの形に違いはあれど、しない、ゼロはあり得ないのが日本の文化です。

 

近頃、こういったコミュニケーション文化が薄れつつあることは、大変さみしいことで、その背景には“日本人の心に余裕がなくなっている”ことが一因になっているのではないかと考えております。

 

日本のコミュニケーション文化には、“互いに気遣う、互いを思いやる”という心無しには成し得ず、それには“心の余裕”が不可欠だからです。

 

皆さんは今日、何回くらい「礼をしましたか?
(もちろん会釈を含みます音譜