生きている日本語

本日もお疲れさまでございます。

日本の精神文化についてお話を致しております「日本に息づく心配り〜Les point de vue de Les Misera〜」の浅海です。

 

今日、とあるコンビニエンスストアに行った時のこと。
そこでレジの対応をしてくれたのは、可愛らしいアジア系の外国人の女の子でした。
商品も丁寧に扱ってくれましたし、笑顔も愛らしく、一言一言を目を見て言ってくれるその接客は、とても気持ちの良いものでした。
その女の子が最後に一言。

「ありがした~音譜

ズッコケるかと思いました笑

そういえば、以前テレビの該当インタビューで「みんなが“ありした~”と言うので自分も言ってみたけれど、通じなかった」というようなことを留学生が話していたことを思い出しました。

外国の方だから話せないのではないですよね。
日本語の勉強不足だからでもないですよね。
彼らの周りの日本人が...ひとりではなく...多くの日本人が、

ありがとうございました

ときちんと発音できていないのです。

せっかく、日本を好んでくれて、生活をしてくれて、少しでも日本に馴染もうと努力をしてくれている外国の方に、キレイな日本語が届いていない...これって、とても悲しいことですよね。

しかも「ありがとうございました」は、心を伝える、とても大切な言葉です。


言葉は時代と共に変わりゆくものです。
それでも少なくとも、現代に生きている日本語は、略すことなくきれいに発音し、使っていきたい...いいえ、そうすべき使命が日本人にはあるのではないかと思う今日この頃です。