語感を大切に

本日もお疲れさまでございます。

日本の精神文化についてお話を致しております「日本に息づく心配り〜Les point de vue de Les Misera〜」の浅海です。

 

昨日のブログ『「言葉選び」は「言霊送り」』の続きです。

小池都知事の排除するという言葉に関する様々な方のコメントを拝読、拝聴して思っている2つのことのふたつ目。

 

それは、言葉の言い換えについてです。

 

昨日のブログにも記しましたが、今回の小池さんの発言は「排除することもありますか」という記者からの質問に答えたものである」というツイートを目にしました。

私はここでその言葉を使ったことに対する賛否を論じるつもりはありません。

ただ、もしも他の言葉に言い換えられていたら、印象がかなり変わっていたことは確かでしょう。

 

日本語には語感があります。

その言葉本来の意味以外に人に与える感じがあるのです。

破裂音や鼻濁音、摩擦音では耳にした時の印象はかなり異なりますし、肯定的な言葉を聞き続けた時と、否定的な言葉ばかりを浴びせられた時とでは、その後の気分は大きく異なります。

 

マナーの一つに、否定的な単語を避け、丁寧な表現を心掛けるということが挙げられます。

 

例えば、

「一人一人が意見を言ってくれないと進まないじゃないか」

ではなく、

「みんなで意見を出し合えば進めるんじゃないかな」

といった方が、その話し合いは前に進むと思いませんか?

 

マナーの一番の目的はコミュニティの円滑化です。

言葉には語感があるからこそ、言葉で場を作ることも、気持ちをつなぐこともできるのです。

 

言葉はその人そのものであるのと同時に、お相手に心を伝えるための一つの大きな手段です。

 

お相手は出てきた言葉や振舞いなどの行動からしか、あなた自身を感じたり、知ったりすることはできません。

どんなに大切に思っていても、ぞんざいな行動で扱われれば、お相手は大切に思ってくれているとは受け取れないのです。

 

言葉の言い換えには、語彙力を要します。

これは常に、時や場所、場面を鑑みて言葉を発するという鍛練を積むことを要する難しい技能です。

でも何事も、日々の一歩、一歩の鍛練が大切。

数か月後に振りかえれば、変化に気がつくことができるでしょう。

 

言葉は自分自身そのものであるからこそ、正しく表現してお相手に伝え、そしてお相手と気持ちの良い関係を紡ぐためにも、お相手を想った言葉を口にしていきたいものです照れ