感性を育てましょう

本日もお疲れさまでございます。

日本の精神文化についてお話を致しております「日本に息づく心配り〜Les point de vue de Les Misera〜」の浅海です。

 

昨日テレビで観たあるコーナーが印象に残っています。

それは、スポーツにおける“誤審”を取り上げたコーナー。

私たちの記憶に残っている柔道の篠原さんに関わる出来事のまとめやインタビュー、そして、米国メジャーリーグベースボール(MLB)界で“世紀の誤審”とまで呼ばれているデトロイト・タイガース対クリーブランド・インディアンスの一戦での出来事などを取り上げていました。

 

そこで心に残った一言。

誤審を受けた、完全試合目前だったピッチャー(アルマンド・ガララーガ投手)が、誤審した審判員を責め立てる人々に向けて放ったメッセージです。

 

『たった一つの過ちに目を向けるのではなく、彼の残した無数の英断に目を向けるべきだ』

 

記憶の限りでメモをした文章ですので、恐縮ながら細かな言い回しは少々異なっているかもしれませんし、原文(英語)でもありませんが、「一つのミスを取り立てて指摘するべきではない。彼は正しいジャッジも数えきれないほどしてきているのだし、人間なのだからミスは誰にでもあり得るものである」というようなコメント内容でした。

 

素晴らしい言葉ですよね。

 

当事者である審判員だけではなく、多くの人の心を動かしたメッセージであろうと容易に推察できます。

皆、多種多様な責任を追って、その立場や業務を背負って生きていますから、この言葉から考えさせられること、感じることは沢山ありますし、誰しもがこの言葉に心を寄せるでしょう。

 

でもこれは、ガララーガ投手が放ったからこその影響力のある言葉なのですよね。

TV観戦をしているファンが放っても、賛否両論が立ち、意見は分裂します。
まして、誤審をしてしまった審判員が「たった一つの過ちにだけ目を向けないでくれ。私はこれまで無数の正しい英断を下してきている」そう言ったらどうでしょうはてなマーク

この時の審判員さんは多くの時間を要することなく、自らのミスを正直に認め謝罪しているので、彼からこの言葉が出てくることは皆無だったでしょう。
先日のブログ『「言葉選び」は「言霊送り」』でも記しましたが、言葉はやはり、その日その時の、その人の思考や心持ちそのものなのです。

 

そして、このメッセージを発したガララーガ投手へは彼のスポーツマンシップに対する賛辞が沢山送られています。

もちろんスポーツマンシップもあると思いますが、私はそれよりも彼の人となり、他者を想う思いやりの心をみました。

さて、私たちはどうでしょう。

日本人は元々集団で生活するのが当たり前の農耕民族。

そこでは他国民と比べてずっと自然に“他者を認め、尊重する思考、そして心を育んでいくことができました。

そうです。
私たち日本人は、他国民よりもお相手を思いやった思考や行動を自然とできる民族のはずなのです。

今一度自らの日本人DNAや歴史を誇りに、今日受けた(いただいた)思いやりと、お相手に表現できた思いやりを振り返ってみませんか?

気がつかない能力は、伸ばしていくことも、修正を試みることもできませんし、お相手からせっかくお心配りをいただいても、それをお心配りと思える感性が自分になければ申し訳ない限りですからね。

心配りを与える感性、そしてしっかり受け取る感性をみんなで育てましょう照れ