感覚

本日もお疲れさまでございます。

日本の精神文化についてお話を致しております「日本に息づく心配り〜Les point de vue de Les Misera〜」の浅海です。

 

今週は相撲界の話題で持ちきりですね。
おめでたい話題ではないことがとても残念ですが、この度の件で、朝青龍の一件以来、久しぶりに頻繁に耳にする単語があります。それは・・・

 

品格

 

インターネットで検索をしてみると、
・(デジタル大辞泉)その人やその物に感じられる気高さや上品さ。品位。

・(大辞林第三版)その物から感じられるおごそかさ。品位。  
などと出てきました。
 
この「品格」という言葉は、とても微妙な感覚を持つ言葉の一つだと思います。
 
「“品格”がある」は、
「“品”がある」とも違う。
「“格”がある」とも違う。
辞書では同意語と表されるようですが、使用する視点で言うと、「“品位”がある」と口にする時と、「“品格”がある」と口にする時では、表したいニュアンスは微妙に、でも確実に異なります。
 
品格”は、
“上品さ”だけを表現した言葉ではなく、
“気高さ”だけでも、“おごそかさ”だけでも備わるものではなく、
“風格”とも“貫禄”とも異なり、
服装が整っているだけでも、
所作が美しいだけでも、
言葉遣いが丁寧なだけでも、
身の回りが整っているだけでも
滲み出るものではありません。
 

更に、常識・知識が豊富に(若しくは深く)持っていることも条件のひとつであり、一人の人として、心配りや思いやりの心に溢れ、何事に対しても誰に対してでも丁寧に接することができ、また節度を持っている点は、必須の条件です。

 
英語に訳すにしても、私は、dignityとも、classとも、elegantとも、well-manneredとも異なると思います。
 
日本語は非常に繊細です。
説明することが難しいほど、微妙な感覚を持ちます。
しかしこれこそが“日本の言葉”であり、この言葉の解釈度合や理解が、育った環境やDNAにより異なることは仕方がないことなのではないかと思うのです。
 

この“品格”という言葉ひとつを例にとっても、このように日本で培われた微妙なニュアンスをもつ、精神文化を始めとした各種文化は、やはりまずは日本人こそが自身に落とし込み、表現するべきなのだと思います。

 
だからこそ私は、
 
大人日本人に伝えること”を軸としている『日本に息づく心配り~Le point de vue de Les Misera~』の活動は、このままブレることなく、これを確固たる軸として続けていこう
 
改めてそう決意ました。

参考ブログ:『大人の日本人に届けたい』